| ■ 「うしまど」地名の由来 |
「牛の窓?」国内に変わった地名はいろいろあるけれど、ここ牛窓もなにかいわくありげなファンタジックな響き。
そこで地名の由来を調べてみると、やはりありました、神功皇后にまつわる説話が。
さて、その伝説とは、神功皇后の乗った船が大和へ帰還の途中、牛窓の瀬戸を通過する際、その威光におされて牛鬼か転んだところから、以来この地は「牛転(うしまろび)」と呼ばれ、それが訛って「牛窓」になったとか。
とにかくここは、出ていく漁船、帰る大漁船、そしてファッショナブルなヨットやクルーザーの群れと、海からの活気ぬきでは語れない瀬戸内海の良港。
潮の香りに誘われて、町の歴史をひもとけば、江戸時代は西海航路を好んだ参勤交代の大名たちが、風待ち、潮待ちをした港とか。 また、鎖国の江戸時代、日本と朝鮮の間には交隣の友好か結ばれ、朝鮮通信使の一行が寄着する、海の玄関口であったとか。
やはりここ牛窓の素顔は、今も昔も海が歴史を、そして文化を育んできた、海への敬いにあふれた港町なのです。 |
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| ■ 牛窓神社 |
牛窓海水浴場すぐ横の石段は、牛窓神社の正面参道。うっそうとした木立ちの間に刻まれた長い石段を登った林の中に、牛窓の地の土地の霊神と代々世々の先祖の神霊を祭った、東備の鎮守・牛窓神社が鎮座しています。家内安全や開運厄払い、交通安全などを願う参拝者も数多く、由緒ある御本殿のたたずまいには、庶民の幾多の思いが託されているかのような格調がにじんでいます。そして、この牛窓神社にはそんな社の荘厳さと共に、もうひとつの名物が。なんとそれはここの神主さん。いかつい顔(ゴメンナサイ!)に似合わぬ話好きな方で、声をかければ、牛窓神社にまつわる話から世間話まで、気軽にいろいろと語って聞かせてもらえます。堅苦しいイメージの神社についつい敬遠しがちな人も、ここ牛窓神社なら大丈夫。足腰のトレーニングを兼ねて石段を登り、御本殿を訪ねてみれば、きっと楽しい時間が過ごせることは保証付きです。 |
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| ■ 唐子踊の衣装 |
オヤクジンサマ(疫神社)の秋の祭礼に奉納される唐子踊は、摩訶不思議な神事。異国情緒あふれる衣装をまとった2人の男児によって、代々踊り伝えられてきた踊りです。一説によれば朝鮮通信使がもたらしたといわれる起源をはじめ、独特なメーキャップ、典雅な所作、奇妙な口上、囃し方など、その意味はまったく不明で実にミステリアス。踊りの様子など牛窓のミステリーをのぞいてみたい人は、海遊文化館の資料VTRでいつでも自由に見学できます。 |
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